葬儀場で感じた霊感は「何か」の霊障?斎場付近は霊のたまり場!?


65歳女性です。私自身は、それほど霊感のある方ではありませんが、何かを感じるということは、他の人よりも多いです。

ただし感じることは出来ても視ることは出来ないので心霊経験はないのですが、それでも知人の父上の葬儀の時の、あの気持ちの悪い感覚は今でも忘れられません。

あの日、お寺に付属した葬祭場に行くのにある私鉄を使っていました。

駅はちょうどすり鉢の下の部分に当たる感じの場所にあり、葬祭場は坂の上にありました。

電車を降りるまでは、特に何事もありませんでしたが、なんとなくおかしいなと違和感を感じたのは、改札を出た時です。

妙に空気がよどんでいるというか どんよりと重いのです。何かにまとわりつかれているという感覚でした。

駅から坂を登って葬祭場に行くので、正直へとへとになりつつ、会場についた時には、青息吐息でした。

周囲は普通の住宅街なんですが「何でここで生活できるのだろう?」と不思議に思ったほどです。

お焼香もそこそこに、精進落としを…とすすめられたのですが、とてもそこにいられる空気を感じられず、私は大急ぎで失礼することにしました。

葬儀場 霊感

葬祭場とか火葬場などはある意味しっかりと祀られているわけですので、それまでは葬儀でも特に何も感じることはなく、どうということ無く普通に参加してきたのです。

ところがあの日はとにかく帰路も身体が重く、気持ちが悪くて仕方ありませんでした。

何かを背負ってきてしまったな…というのは自分でも感じていました。

しっかりと葬儀を行ってもらった仏様たちなのに、一体何が!?と不思議に思ったのも事実です。

しかしこの重い、どうにもならない、明らかに何かを背負ってしまった状態で、そのまま帰宅は出来ません。

自宅なら父の霊が守ってくれているという確信はあったのですが、いくらなんでも「これ」を持ち帰れないと感じたのです。

しかし霊能者の知人などいませんし、とにかく緊急で出来ることを…と考えて、私はできるだけ人混み、繁華街を通過して帰ろうと思いました。

自分についている「何か」に対して『私には視えませんよ』と心の中で言いつつ、ひたすら町中を歩きました。

申し訳ない考え方ですが、誰か私よりも敏感な人に「これ」を持っていってもらおうと思ったのです。

それが功を奏したのか、実際、最寄り路線の駅についた時には、少し肩も軽くなっていました。

そして自宅に入る前に、何時もよりも念入りに塩で清めたことは言うまでもありません。

それでも数日は、いわゆる夢見の悪い状態が続いていました…「何か」に関係があったかどうかはわかりませんが。

葬儀場 霊感

あの日、駅まで急ぎ足で歩いている時に、別の知人がたまたま私を見かけていたそうです。

そのときの真っ青な顔で早足で歩いている私の様子に「一体何があったのだろうかと驚いてしまった」と 後日に再会した時に言われました。

そのくらい、あの日の私の様子はおかしかったようです。

なので「実は・・・」とあの日の事情を話したところ 現実派の彼女は

それはあなたの気のせいじゃない?体調が悪かったからじゃないの?

まあ…それもないわけではないし、一理あるなと思い、その場は一応「変な話してゴメンね」と言って会話を終わらせたのです。

しかしその後、この知人の姑が亡くなった時に、あの葬儀場を使ったという話を耳にすることになりました。

あそこは以前にも葬儀で行ったことがあったんだけど、特になんともなかったし。何かを特に意識することなんてなかったんだけど・・・

その日彼女は旦那さんの車で あの斎場へ向かったそうなのですが、ちょうど駅のあたりのすり鉢の下に入ったあたりで、何か背中がゾッとしたと話してくれました。

葬儀の間も、何とも身体が重くて気持ちが悪くて。容易じゃなかったの。あなたの話、あの時は疑ってしまったけど…こういうことって実際にあるんだねえ。

ちなみに私はあれ以来、あの葬祭場を避けています。

その知人もお姑さんの葬儀であの斎場を使ったのですが、こう言ってました。

ある意味慣れている会場だったけど、あそこはもう二度と使わない。というか使いたくない。

きちんとした葬儀場できちんとした葬儀が執り行われ、きちんと送ってもらった霊魂ばかりのはずなのに、何で!?と私はずっと思っていましたが、後になってふと思いました。

もしかして、迷っていた霊魂は 毎日のように葬儀の執り行われている、つまりはお経の上がっている場所に、集まってきているのではないか…。

私にはそういうものを視たり聴いたりする能力がありませんから本当のことはわかりませんが、ふと、そう思いました。

そしてあれ以来、親しい人の不祝儀でも、あの葬儀場へは足を運ぶことがなくなってしまいました。