バレエを教えていた私が何時も利用している貸しスタジオは新宿駅からはちょっと歩く時間もあり、そんな時には何となくぼーっと頭の隅でとりとめもないことを考たりしていたものです。
当時というか今もですが、この辺りは再開発が盛んな地域で、街の様相もあっという間に変化していきました。
北新宿周辺は、元は住宅の密集地域で、小さな木造の、戦後直ぐにできたような家とアパートのぎっしり並んだ街だったので、当たり前のようにお風呂屋さんとかもありました。古いアパートは風呂なしのものが多かったので、そのための風呂屋さんですね。
でもそれも、再開発の波が押し寄せるまでのことでした。現在でもまだ開発中とはいえ、ほとんど昔の面影もなく、たくさんあった一戸建ては大規模マンションに変わってしまいました。
その景色を見ながら歩いていたある日、頭の隅でふと思ったのです。これ昔、私知っていたかも、と。そして、こういったこの街の様子予見していたのかも、と。
実はこの辺り、大学時代に大学の近くから新宿に行くのにのんびりとバスを使用していた当時のバスの通過地点でもありました。
私は結構昔から、暇な時には空想の世界に飛んでしまう方だったので、バスの中や電車ではよくあれこれ頭の中で空想を楽しんだものです。
暇ならスマホの時代の現在ではちょっと考えられないことかも知れませんが、当時は本を読むか寝るかボーっとするかくらいしかやることがありませんでしたから。思い出したのはそんな移動でバスを利用していた頃のことです。
ぼんやりと窓の外を見つつ、この沢山の一戸建てを潰してしまって高層住宅にしたら、空き地がたくさんできるだろうなあ、狭い日本にはそのほうがいいのかも・・・とか ふと思ったのです。
頭の中でいきなり景色が変わった感じがしました。多くの古い木造の一戸建てが消えて、大きなビルがいくつか建っていき 周辺に公園ができて、緑がそこここに見えた感じがしたのです。
当時はまだ大規模なマンションは一部の富裕層のものだった時代で、一般市民はアパート住まいもしくは郊外に一戸建て、というのが普通でした。なのに何故自分の目に、大きなマンション群が見えた気がしたのか、その時にはわかりませんでした。
そしてバスに揺られていて気持ちよく、半分夢を見ていたのかと思いながら、新宿駅前のバス停に降りたのです。
その時の記憶、忘れていたはずの記憶がいきなり蘇ってきたのが、このスタジオに向けて歩いていたときのことです。
このスタジオも、再開発の波に乗って 以前の場所とはちょっと離れたところに建て替えられていましたので 通り道も自然と変化していたのですが、その通り道が、あの時のバスの経路に当たっていたのに、この時気初めて気が付きました。
そしてこれに気がついた日を境に、この予見じみたものが かなり頻繁に起きるようになったのです。
後になって「これってスピリチュアルな経験なの?」と霊感が強い友人に聞いたところ、その一種だろうと教えてもらって腑に落ちた次第です。
初めてこういったデジャブを経験したのは2000年2月です。
こういった、何気に見た未来に対して、何か問題が起きたということはありませんから 単なる予見に近い想像だったのかも知れません。
しかしこのあたりからやたりにこういった事が増えて しかも短時間に実現してしまうことが増えました。
スピリチュアルな体質に変わってしまった、もしくは底に沈んでいた体質が浮き上がってきたのかも知れない…と友人から言われました。
この時それに気が付かなかったら、この体質が浮上しなかった可能性もありますが、浮上してしまったせいで、その後も同じようなちょっとした予見を感じるようになってしまったのです。
予見があると翻弄されることもあるのですが、近未来に対して覚悟を決めておくことも出来ないではないので、ある意味楽ではあります。実際に次に予見した収入減も 嫌な予見ですが 覚悟はできていたという意味では慌てずにすみました。
この予見についてふと自分で思ったことは、予見したから未来がそうなっていくのか? それとも予見した結果強く望んでそういう結果を呼んだのかということです。はっきりしたことがわからないので、収入減の予見の後は、同じようなあまり良くない予見があった場合、逆を強く望むように対処しています。
そしてそれと無関係ではないと思える「たぶんスピリチュアルなこと」が最近頻繁にあります。
近頃は予見だけではなく、時々懐かしい思いに包まれる夢を頻繁に見るようになったのです。
スピリチュアルなデジャブの場合は前世の記憶が甦るということですが、これはもしかしたら過去世の記憶なのではないか・・・と思い始めている今日この頃です。
懐かしい思いをする夢を見ると「自分の前世を知りたい!」という痛烈な思いに駆られるのです。